青い目から見た、ミッドウエイ海戦。①

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1942年5月24日、真珠湾のアメリカ太平洋艦隊司令部で、チェスター・ニミッツ大将は、会議開始後30分を過ぎても現れない、CIU(戦闘情報班)班長・ジョセフ・ロシュフォール海軍中佐に、苛立ちを隠しきれない様子でしたが、やがて、慌ただしく入室した彼から、
「日本軍のミッドウエイ環礁攻略は、6月4日前後に実施される、と見込まれます。」
との報告を受け、忽ち相好を崩しました。

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ジョセフ・ロシュフォール中佐の情報班は、情報将校ホルムズが語った、”真水の重要性と、真水蒸留装置故障の脅威”を基に、ミッドウエイ基地から、
『真水製造機が故障して、困っている。』
という電文を打たせて、日本軍の、
『”AF”では、真水が不足している。』
という電文を引き出し、日本軍が暗号電報で用いていた”AF”というコードが、ミッドウエイ環礁であると突き止めた事で有名です。

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ジョセフ・ロシュフォール中佐は、6月1日より、日本軍の暗号電文がJN25bからJN25cへ、乱数表が8号から9号へ更新された為、先行きの暗号解読が、一時的に困難になっていると、チェスター・ニミッツ大将に報告しました。
但し、これは本来、4月1日に改定される予定が、諸般の事情で5月1日に変更され、更に6月1日に、ずれ込んだ経緯がありました。
従って、予定通り日本軍・暗号電文の改定が実施されていれば、アメリカ側は、暗号解読に相当困難を来たしたでしょう。
何れにせよ、アメリカ側は、爾後の展開に於いて、薄氷を踏む思いだったのです。

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先ず、チェスター・ニミッツ大将は、過労と精神疾患に起因する、皮膚病と神経衰弱に悩まされていた、ウイリアム・ハルゼー中将を入院させ、彼に、
「後任として、意中の人物はいるかね?」
と尋ねました。
ウイリアム・ハルゼー中将が、言下に答えたのが、
スプルーアンスに、任せたい。」
でした。

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レイモンド・スプルーアンス少将は、
「敵空母が、ミッドウエイ基地を攻撃している間に、側面から攻撃するのが、最も効果があります。
但し、敵は、更に真珠湾へ向かう可能性があり、我が空母部隊は、西方に進撃すべきではありません。」
と慎重な意見を述べて、チェスター・ニミッツ大将を安心させました。

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次に、チェスター・ニミッツ大将は、開戦劈頭、日本軍によるアメリカ軍基地・真珠湾の攻撃時に、『空襲!これは、演習ではない!』と全軍に警告して一躍有名になった、ローガン・ラムゼイ海軍中佐をミッドウエイ基地に着任させ、攻撃・防御・哨戒能力の強化を指示しました。

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ローガン・ラムゼイ中佐の考案した、飛行艇による合理的・効果的な哨戒飛行計画は、彼の着任翌日から実施され、期待に違わず、6月3日9時4分、イートン海軍中尉の飛行艇が、チェスター・ニミッツ大将の事前通告通りの日時・方位に、日本艦隊(ミッドウエイ島上陸用・輸送船団)を発見しました。

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米側公式記録では、9時25分、ジャック・リード少尉(後列中央)機の発信「Main Body(主力部隊)」が、最初の発見とされています。

そして遂に、翌6月4日5時30分、ハワード・アディ海軍大尉の飛行艇が、『日本の空母らしき艦影発見。』を打電するのです。
続いて5時52分、別の飛行艇から、『敵空母2隻発見。』と報告がありました。

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ローガン・ラムゼイ中佐は、6月3日の日本の輸送船団攻撃では、実戦で実施された事が無い”夜間航空雷撃”を、何と索敵に用いた”飛行艇”に行わせました。
攻撃隊指揮官・リチャーズ大尉が乗り組んだ、ヒッパード中尉機に指揮された4機の編隊は、輸送船「あけぼの丸」に魚雷1本を命中させました。
(画像は、攻撃に参加した飛行艇と先任将校です。)

ミッドウエイ基地では、海軍機と陸軍機が、同じ基地に同居し、陸軍の爆撃機が海軍の魚雷を抱いて出撃するなど、合理的な運用が行われており、海軍・陸軍で対立し、セクショナリズムが蔓延していた日本軍とは、対照的な光景でした。

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ミッドウエイ海戦の一ヶ月前、5月初旬に戦われた”珊瑚海海戦”後に、アメリカ海軍・軍令部のアーネスト・キング大将は、日本軍に全力で立ち向かうべきだと主張する、チェスター・ニミッツ大将に賛同し、彼に使用可能な空母、「エンタープライズ」「ホーネット」、年初より、西海岸で修理を行っていた「サラトガ」、そして”珊瑚海海戦”で損傷した「ヨークタウン」、4隻全てを委ねたのです。

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このうち空母「サラトガ」は、ハワイへの回航が間に合わず、搭載艦載機を、交代要員として、修理中の空母「ヨークタウン」へ振り向ける事になるのですが、空母「サラトガ」が、年初に西海岸で修理を開始した直後、「サラトガ」の第3戦闘機飛行隊長、ジョン・サッチ少佐(右)が、空母「ヨークタウン」へ、一足先に異動となっていました。
彼は、自軍のグラマンF4Fワイルドキャット戦闘機の2機ペアをもって、日本海軍の零式艦上戦闘機二一型と戦う戦法、”サッチ・ウィーブ”の考案者で、これは新米パイロットに、手振りを交えて説明している様子です。

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ペアになった2機が並行して飛び、零戦から後方より攻撃を受けた場合、互いに内側に急旋回するのが骨子で、『零戦は、ほぼ100%の確立で追尾に移るので、ジグザグ旋回を繰り返す中で、零戦は、ペアのもう1機の射線に、自然と機体を晒す事になる。』という独創的な戦法です。

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チェスター・ニミッツ大将は、空母「ヨークタウン」を、米本土ではなく、ハワイ島真珠湾へ回航し、その修理を、2週間~3か月掛かる工期から、僅か3日で修理せよと厳命しましたので、徹夜の修理に必要な電力を確保する為に、ホノルル一帯が、順繰りに停電になりました。

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5月27日に、真珠湾に帰投した空母「ヨークタウン」は、ぴったり三日後の5月30日、出撃します。
その二日前に当たる5月28日、レイモンド・スプルーアンス少将が率いる、空母「エンタープライズ」「ホーネット」が真珠湾を出撃していましたので、後を追い、合流地点へと急いだのでした。

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チェスター・ニミッツ大将は、空母「ヨークタウン」座乗のフランク・フレッチャー少将に、レイモンド・スプルーアンス少将率いる、空母「エンタープライズ」「ホーネット」の艦隊に合流後、全般の指揮を執るように命じていました。

フランク・フレッチャー少将は、ハワード・アディ海軍大尉の飛行艇等から、『日本の空母2隻発見。』の報を受けた時、『情報によれば、日本空母は4隻のはず。どこか別の場所に、残り2隻が居るに違いない。その場合は、この空母「ヨークタウン」で対処しよう。』と決断、レイモンド・スプルーアンス少将に、『南西に針路をとり、敵空母を確認次第、攻撃せよ!』と命じ、自らは、空母「ヨークタウン」索敵機の報告を待ちます。

この時点(6時)で、日本側の索敵機は、トラブルと怠慢により、アメリカ艦隊を発見出来ておらず、アメリカ側は、圧倒的な優位に立っていました。
然しながら、索敵機からの報告が無いまま時は過ぎ、発進準備の完了した航空機を、飛行甲板に並べたままという危険な状態に、幕僚から、即時出撃の意見具申が相次ぎました。
逡巡していたフランク・フレッチャー少将ですが、日本側索敵機がアメリカ機動部隊を発見した8時20分、漸く意を決し、レイモンド・スプルーアンス少将の艦隊に1時間20分遅れて、攻撃隊を発進させます。

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当時、米空母部隊指揮官・レイモンド・スプルーアンス少将の参謀長だった、マイルス・ブローニング大佐(のち少将)が、来る日本艦隊来襲に対して用意した作戦案は、極めてシンプルで、「先ず、日本機動部隊にミッドウエイ島・基地飛行機で攻撃を仕掛け、次いで、航空母艦搭載機で総攻撃する。」というもので、理にかなった計画でした。

マイルス・ブローニング大佐には、ミッドウエイ島・基地航空隊の練度が未だ低く、機材の面でも日本機には抗しがたいという情報が届いており、先ず、ミッドウエイ島・基地飛行機のみで、日本空母の攻撃に向かわせるというのは、同隊の全滅も有り得る「非情の作戦」である事は承知の上でした。

マイルス・ブローニング大佐は、レイモンド・スプルーアンス少将が、フランク・フレッチャー少将から、「敵空母を確認次第、攻撃せよ!」の命令を受けた際、『今すぐ攻撃隊を発進させれば、日本軍の飛行隊がミッドウエイ基地攻撃から帰還して、燃料や爆弾の補給をしており、空母全体が燃え易い・最も脆弱な状態にある時に、我が攻撃隊が到達できる。』と即断即決、作戦参謀ウイリアム・ブラッカー中佐と意見を纏め、レイモンド・スプルーアンス少将に、即時全力攻撃を進言しました。

マイルス・ブローニング大佐の回想です。
「私はあの時、人間よりは、計算機になっていた。
まるで基地航空隊を犠牲にするのが目的のように、基地航空機が、零戦(日本の戦闘機)に撃ち落とされる時間と、我が攻撃隊の発進・飛行時間を考え合わせ、一秒毎に勝利の扉が閉ざされていく恐怖に駆られていた。
撃墜される飛行機が、貴重な人命の喪失を意味する事も忘れた。
確実な勝利の判断を指揮官に提供するのが、私、即ち幕僚の任務だと思い、それしか考えられなかった。
幕僚は、非情な職務である。
その職務に忠実であれば、時に、人間としての疲れを感ずる。
良い幕僚とは、幕僚以上にならぬ事だと思った。」

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フランク・フレッチャー少将から攻撃を命じられた時、レイモンド・スプルーアンス少将は、日本艦隊が、米国空母艦上機の行動限界に近い距離に在り、米国空母艦上機の帰路の燃料を心配していた事や、敵情把握が不充分(空母2隻発見との報告)な事等から、更に2時間航行して、彼我の距離を縮めるべきと考えていたので、即時攻撃決断を躊躇していました。

然しながら、沈着冷静な、レイモンド・スプルーアンス少将は、マイルス・ブローニング大佐の進言を、正鵠を射た物だと即座に判断し、午前9時と考えていた攻撃隊発進を、2時間早めた、午前7時(今現在)に、行うことを決断したのです。

優れた参謀の助言と、それを即座に見抜ける度量があったお陰で、レイモンド・スプルーアンス少将は、海戦後、”名提督”の称号を勝ち取ったのでした。

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結局のところ、7時に攻撃隊発進を開始した、レイモンド・スプルーアンス少将の艦隊・空母「エンタープライズ」「ホーネット」でしたが、空母の運用経験が乏しく、全機発艦完了したのは、7時45分~8時9分でしたし、フランク・フレッチャー少将の艦隊・空母「ヨークタウン」も、発進完了は8時40分頃でした。
かてて加えて、レイモンド・スプルーアンス少将の艦隊では、雷撃隊・急降下爆撃隊・護衛戦闘機隊が、それぞれ別々に行動するという、”体たらく”でした。

レイモンド・スプルーアンス少将の艦隊が、攻撃隊発進させている7時28分、日本側索敵機がアメリカ艦隊を望見し、『敵ラシキモノ、10隻見ユ。』と報告していますが、残念ながら、その位置報告は、大幅にズレていました。
発見したのは、日本海軍重巡洋艦「利根」の4号機ですが、実は、発進装置(カタパルト)故障で発進が30分遅れ、既定の進出距離以前に、復路に入って戻り始めていたのです。
その北側を索敵範囲としていた、日本海軍重巡洋艦「筑摩」5号機は、あろうことか、アメリカ艦隊の雲上を通過してしまい、見落としてしまいます。
これは偏に、アメリカ側の索敵が、「敵を探し出す」目的だったのに対し、日本側の索敵が、「敵が”いない”事を確かめる」のが目的だった事に、起因します。
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tag : ミッドウエイ海戦 ニミッツ ハルゼー スプルーアンス フレッチャー サッチ

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ecocitro

Author:ecocitro
妻・娘・息子との四人暮らしです。
【シトロエン】
《1975 GS1220 club》
亡父が1975年に新車で購入し、ブログ著者に名義変更して現有。
《1973 DS23IE pallas》
1992~2016 24年間所有。
《1972 SM2.7》
2002~2007 5年間所有。
【楽器演奏活動】
《集団演奏》
JAZZ PIANOの集団演奏活動を、目論んでいます。
《鍵盤/打楽器》
幼少時にクラシック・ピアノを習得。
学生時代の4年間は、ジャズ・ドラムの個人レッスンを受講。
社会人になってから、ジャズ・ピアノ教室で、3人の講師に師事。
【作詞/作曲/編曲】
自作曲をCuebaseで完成させる傍ら、それをネットで公開して、評価を仰ぐ事に注力します。
【ミニカー蒐集】
シトロエンGS/AとシトロエンSMモデル以外を、2017年1月に売却。
【運動】
サッカー・水泳・野球等、色々経験した結果、最も肌に合って楽しいスポーツは、バスケットボールでした。
【鉄道趣味】
山陽・阪急・阪神・神戸電鉄・神戸市電・姫路モノレール・地方ローカル鉄道・軽便鉄道が好きです。
【ミリタリー】
戦史・戦記・飛行機・船舶・兵器・空戦・海戦・軍人について、特に造詣を深めています。
【アイドル】
偶然、「初の選抜総選挙1位戴冠」をテレビ視聴していた事から、指原莉乃さんの在宅・ライトファンとなりました。

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