良く聴いた音楽

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岩崎宏美

1958年11月12日、三姉妹の次女として誕生しました。
警察の師範も務めた父の影響で、剣道は相当の腕前を持っていることは有名です。

中学3年生の時に『スター誕生!』決戦大会に出場。
小坂明子の「あなた」を歌い、最優秀賞に輝いて、アイドル歌手の道に進みます。

1975年4月25日「二重唱 (デュエット)」でデビューし、2枚目のシングル「ロマンス」が90万枚近い大ヒットとなりました。

1976年3月、3枚目のシングル「センチメンタル」が、第48回センバツ高校野球大会の入場行進曲に選ばれました。

同期生(森昌子、岡田奈々、池上季実子ら)と共に堀越高等学校を卒業した1977年、秋に出した初のバラード・シングル「思秋期」が大ヒットし、その年の第19回日本レコード大賞歌唱賞を受賞しました。

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中学生の時から聞き始めた「ABCヤングリクエスト」(聴き始めの頃は「MBSヤングタウン」「オールナイトニッポン」を知りませんでした。)で、初めて「センチメンタル」を聴いたときの衝撃は、忘れもしません。
慌ててカセットテープにモノラルでエアチェック(懐かしい言葉!)録音して、何回も繰り返し聞きました。


「センチメンタル」を、岩崎宏美さんと声質が似ている、上手な方のカバー・ヴァージョンです。
(この動画はYou Tubeで御覧ください。の部分をクリックし、別画面で、お楽しみ下さい。)
「17歳」という響きに、異性の先輩への憧れを重ねあわせ、女性への恋慕を募らせていた、当時中学生だった小職の淡い感情が想起され、恥ずかしくもあり、懐かしくもあり、本当に「センチメンタル」になってしまいます・・。

暫くして漸くFM放送なるものの存在に気づき、改めてエアチェック録音し直しましたが、何度聴いても、そのアイドル歌手離れした歌唱力と表現力に圧倒されて、感心する事しきりでした。
エアチェック録音した「デュエット」「ロマンス」「センチメンタル」は、小職にとっての3部作であり、カーペンターズ・ビートルズ・サイモン&ガーファンクル・ベイシティローラーズと並んで、中学生時代の音楽アイドル的存在でした。
岩崎宏美さんを聴くと、中学1年時の初恋が失恋に終わり、一か月程落ち込んだ事を、懐かしく思い出します。

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個人的には、血気盛んな青春時代であるが故に、素晴らしいバラードには目もくれず、「未来」や「シンデレラ・ハネムーン」のような、軽快な曲が好きでした。
中学時代はアコスティックギターをかき鳴らしながら、高校時代~大学時代は太鼓を叩きながら、大声で歌詞をがなり立てていました。

テレビCMやライブの映像を何度か観るうちに、ジャンルを問わず素晴らしい歌を披露する彼女の実力に気がつき、岩崎宏美さんのバラードにも聞き耳を立てるようになりました。
結局、一度もライブに行ってませんが、ディナーショウ等で、眼前でバラードを熱唱されたら、それこそ鳥肌が立つ程感動するのではないか、と想像逞しくしています。


驚くなかれ、弱冠20歳の岩崎宏美さんによる、「シンデレラ・ハネムーン」です。

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キャンディーズやピンクレディもファンでしたが、アイドルとしてだけでなく、一人の“歌手”としても感動したのは、岩崎宏美さんが最初でした。
後年登場し「情熱的&パワフル」と形容された八神純子さんに通ずる、圧倒的な歌唱力・表現力を持った歌手で、正に「アーティスト」と呼べる、数少ない「アイドル歌手」の一人でした。
個人的には、中森明菜さんも素晴らしい才能を持った「アイドル歌手」だと思いますが、岩崎宏美さんを"太陽"とするなら、中森明菜さんは"月"と言うべき翳りのあるイメージがあり、その対比が、互いの魅力として私の目に映りました。
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tag : 岩崎宏美

山陽電鉄併用軌道

昭和43年4月7日で廃止となった、山陽電鉄の兵庫駅~西代駅間の併用軌道の記録、追記です。

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本屋で偶然見つけた絵葉書その1です。
北東側から俯瞰して撮影した長田交差点で、山陽電鉄2000系1次車が交差点を渡り終えて、長田駅に進入していくところです。
南側で待つ市電のビューゲル(集電装置)が、屋根中心点に付いていないのが懐かしいです。昭和40年代には、全て屋根中心点上に移設されました。
市電側の車列先頭は、縦目4灯ヘッドライトも懐かしい、日産ディーゼルG680かU680ボンネット型トラックと思われます。

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幼稚園時代、友人M君の父君の運転する2代目トヨタ・スタウトに乗せてもらい、丁度上掲画像で市電の後方に位置する路地から、トヨタ販売店修理工場に入っていき、彼の家で遊んだものでした。

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絵葉書その2です。下りホームに進入して、停車位置に近づいた300形です。
切符販売所手前のドラム缶や、300形左で煙を上げている懐かしい形状のゴミ箱が、時代を物語っています。
何処となくローカルムード漂う、駅舎の佇まいでした。

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廃止前日の、昭和43年4月6日に撮影された長田駅です。
写っているのは、昭和39年から製造された3000系で、神戸高速鉄道開業に合わせて、阪神・阪急との乗り入れ規格に対応する形式として製造されました。
瓦葺き屋根で民家の様な駅舎、軒先から吊るされたバケツ、古い枕木を利用した柵・・。
本当に大都市神戸に存在した駅なのか?と感じます。

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同じく、昭和43年と記載があるので、恐らく同日の撮影と思われる画像です。
麗らかな春の午後、背景の長田消防署屋上には、日光浴を兼ねて、長田駅最後の雄姿を見届けようとする人影があります。
駅前の道路上に、車は右へ寄るように指示する矢印「↑」が、描かれているのに注意して下さい。

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長田駅西側の、新湊川橋梁を渡る300形です。
神戸高速鉄道乗り入れと、ラッシュ時対応と、低予算内での車両増備を考慮し、戦前車両の200形より台車をそのまま流用して、3扉車体を新造して載せた形式ですが、如何せん、乗り心地は良いとは言えませんでした。
小職も垂水~高速長田間で、何度か乗車した経験がありますが、下から突き上げるような衝撃と、前後への揺さぶりに閉口した思い出があります。
電車右側の光景が、「戦後」が終わっていない「昭和」を感じさせますが、撮影時期は昭和43年です。

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同じ場所から撮影された、2000系最後の増備車両、第2次ステンレスカーです。
アルミカーとの優劣を見極める為に、昭和37年にアルミカーと同時製造されましたが、結局アルミカーが採用と決まり、ステンレスカーは6両製造のみとなりました。

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廃止前日の長田交差点で、動き出したばかりの300形です。
既に区画整理も進み、300形左の併用軌道脇には、工事車両が、我が物顔で路駐しています。

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長田駅を出て、長田交差点前で待機する250形253です。背景のトヨタディーラーの建物が懐かしいです。
昭和26年製造の第2次車で、半鋼製車両だった253は、昭和43年に、事故で廃車となりました。
手前に見えるマツダR360クーペが、殊更郷愁を誘います。
水泳教室やサッカー教室に通っていた西神戸YMCAの駐車場に、R360が打ち棄てられており、アクリル樹脂製のリアウインドウが白濁していたのを覚えています。

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長田交差点を渡り、長田駅に東側から進入する200形。
茶色1色の塗装、背後の自動車の造形、交通量等から、1950年代前半に撮影されたと思しき画像です。

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長田駅を出発し、長田交差点を経て兵庫駅に向かう、3000系電車です。
前述のとおり、昭和39年から製造開始した3000系は、併用軌道区間を走行したのが3~4年弱でした。

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西代駅下りホームに停車中の2700形です。橋上駅舎である西代駅の構造が分かる、貴重な一葉です。
2700形は、国鉄ロクサン型電車である700形の足回りを流用し、神戸高速鉄道乗り入れ規格対応の3扉車、且つコストパフォーマンスに優れた形式として、昭和39年から製造が始まりました。

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西代駅上りホームを出て、う回路を走行する270形です。
神戸高速鉄道開業前日の光景で、西代駅上りホームの、阪神・阪急6両編成用ホームは未完成で(山陽電車は当時、最大4両編成なので必要無い。)、切り換え当日未明に突貫工事したと思われます。

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竣工したばかりの上りホームから見た、翌日の光景です。

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西代駅西側の踏切から眺めた、上下ホーム。
西代駅直ぐ西側の踏切は、幼少時は父の車に乗って、小・中・高校時代は徒歩や自転車で、何度も往復した思い出の場所です。
手前の信号機が暗くなっているのは、この上に橋上駅舎が聳え立っているからです。
西代駅北側にある友人宅から帰宅する際、歩いて帰れば10分程で着くものを、電車乗りたさから、態々「西代駅」から、一つ東の「高速長田駅」まで乗車して、30分以上掛けて帰宅した事も有りました。

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西代駅を出て、板宿駅へ向かう下り運行に就いている200型です。
背景の円内に見える、斜めの庇が、西代駅・旧下りホームです。
小職の弟が高校生時代、友人達と丁度この辺りの上り線路内を歩いていた(!)際、対向の普通電車が遠距離から警笛を鳴らしつつ、減速しながら接近して来て、「うるさいなあ~。」とボヤいていた弟たちの横で、「プッシュー」という音と共に停止し、車掌が「お前ら、どこ歩いとんじゃあ!」と怒鳴りながら飛び降りてきたので、「ヒエー」と、蜘蛛の子を散らすように逃げた・・。という話を聞き、「よくもまあ、警察沙汰にならずに済んだものだ。」と感嘆したのですが、のんびりとした時代でした。

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西代車庫の懐かしい画像です。西側の道路からの眺めです。
277号の右方向・3本程線路を隔てた所に、「倉庫」となった元国電の715号が、鎮座していました。


「山陽電車のすべて」(沿線紹介)・阪神大震災前に製作されたビデオです。
7:25 山陽電車の東の起点であった、「西代駅」の懐かしい映像がありました。
『「高速長田・西代」間の途中から、「東須磨駅」手前までの2.6kmは、地下トンネルにする工事が進んでおり、平成7年春には完成します。』と紹介されていました。
震災の影響で遅れましたが、地下トンネル路線での復興となり、「西代駅」「板宿駅」の地上駅は、再び使用される事無く、撤去されたのです。
27:37 2000系アルミ車両が、試運転前の整備をしているのが「西代車庫」です。
28:51 2000系ステンレス車両が、試運転前の整備をしているのが「西代車庫」で、試運転を終えた2000系ステンレス車両が、車庫に戻る映像がありますが、背後が「西代駅」でした。


「山陽電車のすべて」(アルミカーなど)です。
14:03 山陽電車としての最初の新造車両「200形」の紹介部分、「長田駅」を発車する映像で、背後に長田消防署が映っていて、懐かしいです。
14:57 「国鉄モハ63形(山陽700形)」の紹介部分で、「長田駅」に進入する「700形」(唯一車体更新改造を施された、702・709編成でした。)の映像が流れます。
地下化切り替え工事が進み、完成したばかりの高速長田駅上ビルより撮影した、と思しき貴重な映像です。
15:45 「820形」紹介部分では、「長田駅」西側の新湊川橋梁を渡る姿が、捉えられています。
(橋梁を渡り切った後、専用軌道を蛇行していくので、地下化切り替え間近の画像と思われます。)
16:22 「850形」紹介部分の冒頭、「850形」が到着するのが「西代駅」です。
16:35 「250系」紹介部分の冒頭、長田交差点のデッドセクションを渡る姿が、記録されています。
並走・対向する自動車・バイクが、右往左往する様子が見てとれますが、中には、ちゃっかり電車の背後から、すり抜けるクルマも見受けられます。コルト1500のタクシーは、ここで停車して、客を降ろすのでしょうか?
17:52 「250系」紹介部分で、新湊川橋梁に進入する姿がありましたが、PL教団が映っており、『嗚呼、確かに在った・・。』と、懐かしさがこみ上げてきました。
18:26 「300系」紹介部分では、「長田駅」に到着した姿、
18:40 「西代駅」に到着した姿、
18:50 「長田駅~西代駅」間を走行する姿を捉えています。

(画像・映像権利者の皆様、拝借させて頂きました。誠に申し訳ございませんでした。)

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tag : 山陽電鉄 長田駅 西代駅 併用軌道

良く聴いた音楽

阿川泰子

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【SUN GLOW】
1.SKINDO-LE-LE
2.CINEMA
3.PARDON MY ENGLISH
4.ISLAND BREEZE
5.IN THE NAME OF LOVE
6.SHE~SENIOR DREAMS
7.THIS SIDE OF FOREVER
8.HERE AND NOW
9.SONG OF THE WAVES

1981年6月21日発売の、阿川泰子さん第5作目のアルバムです。
恥ずかしながら、いすゞピアッツアのCFソングで使われた「シニア・ドリーム」で、初めて彼女の存在を知り、JAZZシンガーとしてデビューした事が分かったのですが、このアルバムの影響が強くて、その後暫くは、彼女を「ラテン・フュージョンミュージック・シンガー」として捉えていました。

とにかく「シニア・ドリーム」のドラムが格好良く、『誰が叩いているのだろう?』とレンタル・レコード屋から借りてきたアルバムの解説を読むと、渡辺香津美さんのKYLIN・LIVE等で高校生時代から良く耳にしていた、村上"ポン太"秀一さんでした。

彼のドラミングを意識し出してから以降、数多くのアルバムに「村上"ポン太"秀一」のクレジットを発見し、彼の多彩なプレイに驚くのでした。

スティイーブ・ガッドさんに始まり神保彰さんを経て、デイヴ・ウエックルさん、デニス・チェンバースさんらフュージョンサウンドの重鎮ドラマーばかり聞いていた私は、千手観音のようなフレーズに陶酔し、それを崇拝していたので、歌伴でシンガーを引き立てながら、少し控えめなセンス抜群のフレーズを聴かす村上"ポン太"秀一さんのプレイに、冷や水を浴びせかけられたのでした。


「シニア・ドリーム」をお聴き下さい。

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【Night Line】
1.NIGHT LINE
2.NEVER WANNA SAY GOODNIGHT
3.INSIDE OUT
4.FLY AWAY
5.TOKYO
6.WHEN LOVE IS GONE
7.THE RISK
8.BYE BYE
9.THE RIGHT TO LOVE
10.MAYBE
11.CANADIAN STAR
12.CROSS TO BEAR

1983年9月21日発売の、このころ飛ぶ鳥を落とす勢いだった阿川泰子さんの8作目のアルバムは、当時一世を風靡していた、ビリー・ジョエルさん、ドナルド・フェイゲンさん、ドン・グルーシンさんといった大御所が作家陣に加わった、当時流行っていたカフェバーにぴったりの、いかにもウエストコースト風AORといったサウンドに仕上がっていました。

バイト・音楽・デート・麻雀に明け暮れていた学生時代を思い出します。


「ナイト・ライン」をお聴き下さい。

相変わらず村上"ポン太"秀一さんのドラムは素晴らしく、私的にはシンプルな8ビートを刻む「TOKYO」が特に好みでした。
ヤマハドラム教室で4ビートを勉強中で、少しづつですが、複雑な16ビートから距離を置くようになった時期とも相まって、女性の歌伴をする際の"抑えた控え目なドラミング"を、模索するようになったのです。


「TOKYO」をお聴き下さい。

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【ALL RIGHT WITH ME】
1.IT’S ALL RIGHT WITH ME
2.SUNDAY
3.BUT BEAUTIFUL
4.A FOGGY DAY
5.LOVER MAN
6.MY ROMANCE
7.DON’T GET AROUND MUCH ANYMORE
8.SPEAK LOW
9.IT’S EASY TO REMEMBER
10.ALL OF ME
11.NIGHT AND DAY
12.GOOD-BYE

バイトの帰りに破格値で購入したのが、1984年11月録音の阿川泰子さんがJAZZシンガー路線に回帰した当該アルバムで、何とトミー・フラナガン・トリオとの共演です。

ピアノプレイの素晴らしさが本当に私の心に染みいるのは、後年JAZZ・PIANOに挑戦し始めてからになりますが、ドラムのアート・テイラーの絶妙のブラシ/スティック・ワークは、これぞJAZZドラムの神髄といえるもので、長い間私のドラム練習用CDとなり、ブラシの音・スネアのタイミング、ブラシからスティックへのスムーズな転換等を学びました。
ですから今でもこのアルバムを聴くと、ヤマハ音楽教室でのワイヤーブラシ特訓を思い出します。

また、このアルバムで覚えたスタンダード曲も、少なくありません。
「ア・フォギー・デイ」「イッツ・イージー・トゥ・リメンバー」「バット・ビューティフル」・・・。
何十年か後に、私自身がピアノでインプロビゼイションに挑戦する事になろうとは、当時は夢にも思いませんでした。


1987年1月4日から1994年6月26日まで、毎週日曜に日本テレビ系列局で放送された、『オシャレ30・30』という番組は、司会が古舘伊知郎さんと阿川泰子さんでした。
毎回番組の最後に、阿川泰子さんがスタンダード・ジャズを一曲歌うのを、小職は楽しみにしていました。

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tag : 阿川泰子 トミーフラナガン 村上秀一

#イマソラ005 日常

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元日の朝日ならぬ、夕日です。

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師走のある日、ホームから見た夕日です。

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乗り換え駅で、乗降客数は結構多いのに、通過線から新快速が、本線では快速が、止まらずに行ってしまいます。
絵になる光景なのか、対向ホーム端で撮影している御仁がいます。
後刻、こちら側でも御一方、撮影に勤しんでおられました。

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いつもの場所で、お馴染みの黄昏時ですが、雲があると、空の表情が全く異なります。

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電柱の左、上から2番目の電線の上に瞬く「一番星」も、心なしか、ホッとしているように見えます。

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家族一緒で外出した寒い日、一直線の雲が眼前に現れたので、パチリ。

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珍しく、朝焼けの東の空です。

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漸く重い腰を上げて、CUEBASEを用いたオリジナル曲編曲作業に着手しました。
YoutubeやSNSでの公開まで、今しばらくお待ち下さい。

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とあるブログから拾った情報です。
「某局で、元某国営放送キャスターが、番組で使用した資料」に関する指摘です。
彼が使用しているグラフは、日本の横軸が、2010年までしかありません。

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2010年以降のグラフは、このようになります。
2010年は民主党政権時代で、民主党政権末期の2012年にかけて、就業者数が漸減傾向にあるのが分かります。
翻って、自民党政権誕生後の2013年から、就業者数は増加に転じています。

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この識者は、こう喝破します。
『2016年までのグラフを使うと、「一般の所得も上向きに転じ、所得格差が縮小している。」のが判然とするので、見せたくないのでしょうね・・。前政権のグラフだけを意図的に見せ、現政権の成果を隠匿し、現政権を非難する・・。素晴らしい「洗脳の伝道師」ですね・・。』
正に”我が意を得たり”、との思いですが、姑息にグラフの横軸を調整するあたりは、”敵も、さる者だ。”とも感じ、自らを戒めております。

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ブログを御覧の各位に於かれましては、くれぐれもマスコミの情報を、鵜吞みになさらぬよう、ここもと御願い申し上げます。

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モンブラン・シトロエンSM。30

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Jouets Mont-Blanc社製の1/12・プラスティック製ボディ・シャーシーを持つ、シトロエンSMの有線リモコンモデルで、「シトロエン・ミニチュアカー・大辞典」によると、1974年ラリー・モンテカルロ仕様・ゼッケン8・「Total」「Yacco」「SEV・Marchal」との事です。

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箱の写真にも変更が加えられていますが、箱絵はモンテカルロ・ラリーのゼッケンではなく、箱絵のゼッケン番号「29」がモデルでは「8」になっており、その形状が四角(箱絵)と丸(モデル)で異なっています。
更に「MICHELIN」「MERCHAL」「ELF」等のモデルには貼付されていないステッカーが、箱写真に表示されており、ステッカー貼付位置も異なるのですが、真相が判明しません。

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ステッカーが別添付で、購入したオーナーが好きに貼付する方式だったのか、最初からステッカーが貼付された状態で売りに出されたのかも、寡聞にして知りません。

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もう1台所有していますが、貼付ステッカーが「MERCHAL」になっていました。
付属ステッカーに、バリエーションが有った事が伺えます。

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ハッチバックパネル部分に、「ラジオ仕様モデル」に存在する"円形のスリット"が存在します。「ラジオ仕様」の内装パーツを、流用しているモデルです。
そして・・、リアウインドウに熱線がモールドされているのに注意して下さい。

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ドアハンドルパーツが欠品していた、左側ドアを開けると、大雑把ながらコクピットが再現されています。
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破損しているモデルが多いシフトレバー・ハンドブレーキは、このモデルでは、センターコンソールに綺麗に残っていました。
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ダッシュボードの計器類は丁寧に再現されていますが、 実車では左端の楕円は、楕円枠の中に丸型ベンチレーター(GSと共通パーツ)が備わるのに、モデルでは後期型DSの集合警告灯のような物がプリントされています。これは御愛嬌です。

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ボンネットのエアインテークにダブルシェブロンが印刷されていることからも、中期型車体が出始めて間もない頃のロットだと確認できます。後期型車体になると、省略されます。
ダブルシェブロンが印刷されているモデルでも、エアインテークのスリット有無のバリエーションがあります。

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リモコン・モデルで、フロント・ウインドウにモンブラン社・社章とロゴを描いたステッカーが貼付されている例は、珍しいです。
ワイパーがモールドされているのに注意して下さい。

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中期型車体途中~後期型車体では、フロント・アンダーカウルがボディと同色塗装されていません。
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初期型車体では車体本体に立体的にモールドされ、銀塗装されていたヘッドライトですが、中期型車体?後期型車体では、ヘッドライトの表現がブリキ板に印刷したものになります。
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ヘッドライトとナンバープレートを覆う、ガラスグリルですが、ヘッドライト部分に3本の線がモールドされているのに注意して下さい。
3本線には、光が当たると熱を持つ塗料が塗られていて、点灯時に曇り止めの効果を発揮します。

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車体後部の状況です。分かりにくいですが、黒地に旧タイプ”SM”のロゴが銀文字で描かれたナンバープレートと、ナンバープレート周囲のハッチバックパネル部分(この場合は青色)が印刷されたブリキ板がカシメ止めされています。
リアガーニッシュ部分も「CITROEN」の文字と「ハッチバック・オープナー」が白地で印刷された赤色のブリキ板となっていました。
中期型車体の一部には、ブリキ板がモンブラン社・社章とロゴを印刷したシール貼付に変更されたモデルがあります。
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もう一台のモデルは、ナンバープレート周囲の色が赤色のパネルでした。
従って、色を統一せず、ランダムに、部品が取り付けられていたことが分かります。

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裏面です。ステアリング機構や、モーター駆動部を固定するカシメが見えます。
SMモデルの場合、駆動部を固定しているプラスティックを溶かしたカシメ部分が剥離して、台座がシャーシーから浮いてしまい、車体が斜めになっている事例を良く見かけますが、このモデルも御多聞に漏れず、傾いていました。

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プロフィール

ecocitro

Author:ecocitro
妻・娘・息子との四人暮らしです。
【シトロエン】
《1975 GS1220 club》
亡父が1975年に新車で購入し、ブログ著者に名義変更して現有。
《1973 DS23IE pallas》
1992~2016 24年間所有。
《1972 SM2.7》
2002~2007 5年間所有。
【楽器演奏活動】
《集団演奏》
JAZZ PIANOの集団演奏活動を、目論んでいます。
《鍵盤/打楽器》
幼少時にクラシック・ピアノを習得。
学生時代の4年間は、ジャズ・ドラムの個人レッスンを受講。
社会人になってから、ジャズ・ピアノ教室で、3人の講師に師事。
【作詞/作曲/編曲】
自作曲をCuebaseで完成させる傍ら、それをネットで公開して、評価を仰ぐ事に注力します。
【ミニカー蒐集】
シトロエンGS/AとシトロエンSMモデル以外を、2017年1月に売却。
【運動】
サッカー・水泳・野球等、色々経験した結果、最も肌に合って楽しいスポーツは、バスケットボールでした。
【鉄道趣味】
山陽・阪急・阪神・神戸電鉄・神戸市電・姫路モノレール・地方ローカル鉄道・軽便鉄道が好きです。
【ミリタリー】
戦史・戦記・飛行機・船舶・兵器・空戦・海戦・軍人について、特に造詣を深めています。
【アイドル】
偶然、「初の選抜総選挙1位戴冠」をテレビ視聴していた事から、指原莉乃さんの在宅・ライトファンとなりました。

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