日の丸自動車法勝寺鉄道線③

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1953年(昭和28年)9月に、バス事業者「日の丸自動車」と合併して以降は、鉄道部門に対する消極性も手伝い、車輌・施設の近代化は行われず、旧態依然のまま、運行が続けられました。

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日の丸自動車法勝寺鉄道線では、閉塞装置として「タブレット」ではなく、「スタフ」と呼ばれる棒形通票式を用いていました。 
長さ380㎜のずっしりと重い棒形通票は、真鍮・銅製頭部が円形と六角形の2本あり、前者は、表「米子市行」、裏「手間行」(いずれも陰刻)、後者は、表「米子市行(陰刻)」、裏「安養(陰刻)寺行(陽刻)」でした。

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合併時点での在籍車輌は13両で、内訳は電車7両・客車3両・貨車3両でした。

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遂に最後まで、自社製車両を製造する事無く終わりましたが、ローカル鉄道では日常茶飯事でした。
以下に主な車両を掲げます。

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【デハ201】
1922年(大正11年)5月製造。元「池上電気鉄道(現・東京急行電鉄池上線)」の車両。
1930年(昭和5年)3月10日入線。
オープンデッキの車体に、ドアを取り付けた木造車体ですが、後年鉄板を張り付けました。
真ん中の写真は、鉄板張り付け前の姿です。

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【デハ203】
1922年(大正11年)5月製造。元「池上電気鉄道(現・東京急行電鉄池上線)」の車両。
1930年(昭和5年)3月10日入線。
オープンデッキの車体に、ドアを取り付けた木造車体です。
203は、最後まで木造外板のままでした。

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【デハ205】
1922年(大正11年)7月製造。元「名古屋鉄道」の車両。
1948年(昭和23年)1月17日入線。
木造車体ですが、1962年(昭和37年)に、鉄板張り付け、窓のサッシ化、戸袋窓枠のHゴム化、等を施しています。
集電装置は、パンタグラフ⇒ポール⇒Yゲル⇒ビューゲル と変遷しました。

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【デハ207】
1923年(大正12年)7月製造。元「目黒蒲田電鉄(現・東京急行電鉄)」の車両。
1949年(昭和24年)4月23日入線。
最後まで木造車体のままで、晩年に、戸袋窓が塞がれて、前照灯が小径化された程度で、往年の雰囲気を保っていました。
集電装置は、パンタグラフ⇒ポール⇒Yゲル と変遷しました。

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【フニ100】
1932年(昭和7年)12月製造。元「大社宮島鉄道(一畑電気鉄道立久恵線)」の車両。
1965年(昭和40年)5月20日入線。
元ガソリンカーを、終戦直前に客車化。
荷室の窓にある保護棒は、そのままで、立席の客室として開放していたと考えます。

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【附50】
1889年(明治22年)5月・関西鉄道湊町工場製造。元「鉄道省(現・JR)」の車両。
1941年(昭和16年)11月18日入線。
独立した個室型客室が5室あり、それぞれに小さな扉が付いた「英国風客車」の設計で製造された、車齢128年にならんとする、貴重な個体です。
今まで、『英国バーミングハム工場で、1887年(明治20年)に製造された。』とされてきましたが、最近の調査で、それより2年後の国産である事が判明しました。

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【附52】
製造年月不明。元「新宮鉄道(現・JR紀勢本線の一部)」の車両。
1947年(昭和22年)10月23日入線。
荒廃した状態で到着し、詳細不明のまま、無許可で使用開始した、と推定される個体です。

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車庫で憩う電車・無蓋貨車と、その奥で車体更新中の客車。

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ローカル風情漂う光景です。

(画像権利者の皆様、拝借させて頂きました。誠に申し訳ございませんでした。)
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tag : 法勝寺鉄道 法勝寺電車

日の丸自動車法勝寺鉄道線②

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法勝寺付近を走るデハ203。
日の丸自動車法勝寺電車部の電力は600ボルトでしたから、最高速度は時速30キロで、積雪時には、長砂(地名)付近の20%勾配を上りきれず、二度三度とバックして加速をつけてから走破した由。

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日の丸自動車法勝寺電車部は、片道約48分、一日15往復で、朝夕のラッシュ時には2~4両編成が運行されていました。
近隣住民の貴重な足となり、年間輸送人員が100万人前後で推移し、1961(昭和36)年までは収支も均衡していたそうです。
集落から最寄駅まで2kmの道のりを、歩いて通う学生さんんもいたとか。

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法勝寺駅。
駅員と乗客は皆、顔見知りで、朝のラッシュ時には改札を通らず、フリーパスで直接ホームに入る乗客もいたそうです。

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手間駅。
最高速度が時速30キロの為、平野部では、自転車に追い越される事も少なくありませんでした。

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大山のすそ野に広がる、のどかな田園地帯を走っていたので、電車の往来は、周辺で農作業する人々の、時計代わりになっていました。

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手間駅での列車交換。
デハ203右側の駅員が持っている棒状の物が、通行手形に相当する「スタフ」です。

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米子市駅に憩うデハ207。
奥に国鉄との連絡線がありましたが、晩年は使用されず、車輌が留置されていました。

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米子市駅で客車2両を従え、発車待ちのデハ207.
国鉄への乗り換えは不便で、山陰本線踏切を渡って、徒歩10分程度かかりました。

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全長75.2mのガーダ6連から成る、法勝寺川橋梁を渡る電車。

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多雪地帯に於ける鉄道は、地元住民の貴重な足です。
4両編成は朝のラッシュ時の光景で、大都会と変わらぬ通勤風景が創出されていました。

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閑散とした、ノンビリ・ムードの、米子市駅風情です。

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路線最大の難所と言われた、宗像橋横のSカーブに差し掛かった、デハ207先頭の3連。
法勝寺川橋梁の画像にもありましたが、平仮名で「ふみきりちゅうい」と書かれた標識が、微笑ましいです。

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運転手横の特等席で見た光景は、決して忘れないでしょう・・。

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法勝寺鉄道」⇒「伯陽電鉄」⇒「山陰中央鉄道」⇒「日の丸自動車法勝寺電車部」と経営母体が変遷を繰り返し、最後がバス会社経営となった事で、バス路線への転換が早められ、鉄道部門への投資が絞られた結果、設備の老朽化が進み、遂に1967(昭和42)年5月14日、【デハ205+附51+フニ100】と【デハ207+附55+附53】の2編成が、”お別れ列車”となりました。

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画像は、朝日新聞社刊「世界の鉄道,68」に掲載された物で、小職が初めて見た”お別れ列車”画像です。
以来、トラウマとなってしまい、”お別れ列車”と聞くと、この画像を連想するようになりました。

(画像権利者の皆様、拝借させて頂きました。誠に申し訳ございませんでした。)

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tag : 法勝寺鉄道 法勝寺電車

日の丸自動車法勝寺鉄道線①

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米子市には、1924(大正13)年7月8日開業し、1967(昭和42)年5月14日に”さよなら運転”を行い、44年の歴史に終止符を打った、山陰地方のローカル鉄道、「日の丸自動車法勝寺電車部」がありました。
日の丸自動車法勝寺電車部は、国鉄伯備線が電化される1982(昭和57)年まで、鳥取県内を走る唯一の電化鉄道路線でした。

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1924(大正13)年7月8日開業時は、米子町(後の米子市)駅から大袋駅までの5.6kmでしたが、運輸省の許可を受けるには12km以上の走行距離が必要な為、法勝寺川橋梁の建設を急ぎ、必死の思いで、米子町(後の米子市)駅から法勝寺駅までの全長12.4kmを完成させたそうです。

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米子市駅と安養寺駅間には、「長砂駅」「宗形神社前駅」の2駅がありましたが、1946年に休止となりました。
安養寺駅・手間駅は、構内が複線で列車交換可能でした。
阿賀駅から分かれている点線は、1944年休止となった、阿賀駅と母里駅を結ぶ、全長7.7kmの母里線です。

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【①米子市駅】
車庫が併設された、ターミナル駅です。

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【②安養寺駅】
画像でお分かりのように、日の丸自動車法勝寺電車部の駅名標は、全て平仮名表記でした。
ローカル情緒溢れる表記で、何だか、心も温かくなってきます。

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【③青木駅】

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【④大袋駅】

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【⑤手間駅】

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【⑥天津駅】
腰掛けている人達は、電車を待っているのではなく、作業の合間に休憩している様子です。

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【⑦阿賀駅】

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【⑧大国駅】

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【⑨法勝寺駅】
()カッコ内は、米子市駅からの距離です。

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米子市駅近くの、唯一の遮断機のある踏切。
踏切番の職員が、電車が近づくと、やおら遮断機を抱えて降ろす作業を開始するのが、のんびりして微笑ましい風景です。
不揃いの枕木や、草生した線路が、ローカル風情を誘います。

(画像権利者の皆様、拝借させて頂きました。誠に申し訳ございませんでした。)

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tag : 法勝寺鉄道 法勝寺電車

淡路交通・鉄道線④

淡路交通鉄道線廃止時に在籍していたのは、電動客車11両・制御客車2両です。

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【モハニ2009】
1931(昭和6)年9月製造の自社ガソリンカー(キハニ3)を、1956(昭和31)年に電車化改造しました。

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【モハ1010】
1924(大正13)年製造の南海電鉄8形・モハ1025を1956(昭和31)年に譲り受け、翌1957(昭和32)年3月に、車体を鋼体化しました。

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【モハ1011】
1921(大正10)年製造南海電鉄8形・モハ1027を1956(昭和31)年に譲り受け、1958(昭和33)年3月に、車体を鋼体化しました

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【モハ609】
1924(大正13)年製造の阪神電気鉄道・601形(モハ609)を、1960(昭和35)年に譲り受けました。

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【モハ610】
1924(大正13)年製造の阪神電気鉄道・601形(モハ610)を、1960(昭和35)年に譲り受けました。

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【クハ111】
1931(昭和6)年9月製造の自社ガソリンカー(キハニ2)を、1951(昭和26)年に制御付随車化改造しました。

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【クハ112】
1933(昭和8)年4月製造の自社ガソリンカー(キハニ4)を、1952(昭和27)年に制御付随車化改造しました。

(画像権利者の皆様、拝借させて頂きました。誠に申し訳ございませんでした。)

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tag : 淡路交通 鉄道 電車

淡路交通・鉄道線③

淡路交通鉄道線廃止時に在籍していたのは、電動客車11両・制御客車2両です。

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【モハニ1002】
1909(明治42)年7月製造の南海電鉄デホ31を導入し、1954(昭和29)年に、自社製半鋼製車体に換装しました。

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【モハニ1003】
1909(明治42)年7月製造の南海電鉄デホ32を導入し、1959(昭和34)年に、外板木製部分に鉄材を張り付けました。

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【モハニ1005】
1921(大正10)年9月製造の南海電鉄5形・モハ502を導入し、1959(昭和34)年に、自社製半鋼製車体(セミクロスシート)に換装しました。

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【モハニ2006】
1931(昭和6)年9月製造の自社ガソリンカー(キハニ1)を、電車化改造しました。

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【モハニ2007】
1937(昭和12)年3月製造の自社ガソリンカー(キハニ6)を、電車化改造しました。
台車は気動車用のままなので、床下にエンジンの代わりにモーターを吊り、台車の変速機にシャフトを介して駆動していました。

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【モハニ2008】
1935(昭和10)年5月製造の自社ガソリンカー(キハニ5)を、電車化改造しました。
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後に、運輸省の研究補助を受けて神鋼電機が開発した、”垂直カルダン駆動”の試作車となりました。
モハニ2007と同様、ガソリンカーからの改造車だった故、当該駆動方式を搭載し易かった由。

(画像権利者の皆様、拝借させて頂きました。誠に申し訳ございませんでした。)

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プロフィール

ecocitro

Author:ecocitro
妻・娘・息子との四人暮らしです。
【シトロエン】
《1975 GS1220 club》
亡父が1975年に新車で購入し、ブログ著者に名義変更して現有。
《1973 DS23IE pallas》
1992~2016 24年間所有。
《1972 SM2.7》
2002~2007 5年間所有。
【楽器演奏活動】
《集団演奏》
JAZZ PIANOの集団演奏活動を、目論んでいます。
《鍵盤/打楽器》
幼少時にクラシック・ピアノを習得。
学生時代の4年間は、ジャズ・ドラムの個人レッスンを受講。
社会人になってから、ジャズ・ピアノ教室で、3人の講師に師事。
【作詞/作曲/編曲】
自作曲をCuebaseで完成させる傍ら、それをネットで公開して、評価を仰ぐ事に注力します。
【ミニカー蒐集】
シトロエンGS/AとシトロエンSMモデル以外を、2017年1月に売却。
【運動】
サッカー・水泳・野球等、色々経験した結果、最も肌に合って楽しいスポーツは、バスケットボールでした。
【鉄道趣味】
山陽・阪急・阪神・神戸電鉄・神戸市電・姫路モノレール・地方ローカル鉄道・軽便鉄道が好きです。
【ミリタリー】
戦史・戦記・飛行機・船舶・兵器・空戦・海戦・軍人について、特に造詣を深めています。
【アイドル】
偶然、「初の選抜総選挙1位戴冠」をテレビ視聴していた事から、指原莉乃さんの在宅・ライトファンとなりました。

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