日本のマスコミが伝えない真実

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画像をUPされた方のコメントです。
『日本人の、日本人による、日本人の為の、意思表示をしましょう。』
蓋し、至言であります。

今回から娘が加わり、家族3人での投票となりました。
感慨深いものがあります。
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スカッとした話




これらの動画を見て、とても清々しい気持ちになり、私も家族の為に一生懸命働こう!と、決意を新たにしました。

とある御仁がフェイスブックに上げていた記事です。↓
『この一党独裁のもの言えぬ空気の時代に、野党が超党的な連携が行えるのか、興味深い話。
【「国民連合政府」構想は「オリーブの木」になるのか?】「国民連合政府」構想をめぐって、共産党の積極的な発言が目立ちます。成立した安保関連法を廃止に追い込むために野党連立政権を目指すものですが・・、(以下略)』

《一党独裁の物言えぬ空気の時代》とは、野党連携の話を持ち出しているので、「日本の現状」を指しているのでしょうが、「日本」は一党独裁ではなく(その御仁も承知でしょう)、反対意見や誇張・曲解したスローガンを、堂々と国会議事堂前で叫ぶことのできる、民主国家です。
共産党の一党独裁で、密告社会が形成され、国民が物言えぬ国家は、「日本」の近くに複数存在します。
日本共産党が主導する野党連携の前振りに、共産党独裁国家の卑近な例を持ち出すところに、この御仁の矛盾した滑稽さを感じます。



その御仁が気分を害されたとしたら、↑この動画で「御口直し」して頂ければ幸甚です。

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航空母艦「飛龍」

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日本海軍航空母艦「飛龍」は、1936年(昭和11年)7月8日、横須賀海軍工廠にて起工し、1937年(昭和12年)11月15日に進水、1939年(昭和14年)7月5日に竣工しました。

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排水量:基準17,300トン 公試20,165トン 全長:227.35m(飛行甲板長 216.9m) 全幅:22.32m 吃水:7.74m
出力:153,000hp 最大速力:34.5ノット 航続距離:7,670カイリ 乗員:1,103名

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1942年(昭和17年)、ミッドウエー海戦に参加して、同海戦で沈没した4空母のうち当初は被弾を免れ、司令官・山口多聞少将の指揮下、米空母「ヨークタウン」を撃破しましたが、急降下爆撃機の攻撃を受け、6月5日に沈没しました。

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空母「エンタープライズ」に座乗するレイモンド・A・スプルーアンス少将は、皮膚病で療養を余儀なくされたウイリアム・F・ハルゼー中将が、チェスター・W・ニミッツ大将から『君の後任として、意中の人物は居るかね?』と問われ、即座に名を挙げた人物でした。

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冷静沈着・忍耐強く・強靭な精神力を持つ彼は、水平線の彼方で空母「ヨークタウン」が、二度の空母飛龍」艦載機による攻撃を受けているにも拘らず、積極的に対抗策を採る事も無く、自ら索敵機を発進させる事もありませんでした。
(この時点で、帰還する日本軍機の跡をつけるという方法もありましたが、自らの存在を明らかにする事を、スプルーアンス少将は嫌いました。加えて、「日本軍機が帰還して後、次の攻撃準備をしている最中に、我が軍が攻撃した方が効果が上がる。」と考えたのです。)

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ひたすら耐え忍んだ彼に、「空母ヨークタウンの総員退避」という悲報の直後、他の索敵機から「敵空母発見」という正確な情報が舞い込んだのでした。
"情報"の有用性を認識した上で、遮二無二行動せず、正確な"情報"を入手するまで待った事が、勝利の女神を呼び込みました。
戦法は、即断即決の日本軍司令官・山口多聞少将と対照的でしたが、互いの状況を鑑みれば、それぞれが最善の決断を下している事に気づかされ、名将同士の知略に感服致します。

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空母「エンタープライズ」のクラレンス・W・マックラスキー少佐は負傷していたので、ウィルマー・E・ギャラハー大尉と交代して11機(途中1機が引き返した。)、被弾した空母「ヨークタウン」から空母「エンタープライズ」に避難していた、デイブ・シュムウエイ大尉以下14機、の攻撃隊が発進し、正確な情報が功を奏して、55分後にギャラハー大尉は日本艦隊を発見したのです。

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ギャラハー大尉は指揮下の9機に「飛龍」攻撃を、シュムウエイ大尉率いる14機に戦艦群攻撃を命じて攻撃しますが、今回は零戦の防御があり、ギャラハー隊のF・T・ウエーバー少尉機と、シュムウエイ隊のワイズマン大尉機・ジョニーバトラー少尉機が、撃墜されました。

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①ギャラハー大尉機の爆弾は、右舷艦尾方向に外れました。
②2番機ウエーバー中尉機は零戦に撃墜されました。
③3番機ストーン少尉機の爆弾は、左舷後方50mで爆発しました。
④4番機ジャガード少尉機の爆弾も、左舷後方50mで爆発しました。
⑤5番機・6番機の爆弾も、艦尾航跡の中に外れました。

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※ギャラハー隊序盤の投弾失敗を見て、シュムウエイ大尉は2機だけを戦艦群攻撃に差し向け、途中からコース変更して、10機で「飛龍」に向かって急降下ました。
⑥急降下に移る前に、ワイズマン大尉機・ジョニーバトラー少尉機が、零戦に撃墜されました。
⑦シュムウエイ大尉機の爆弾は、艦橋前の前部エレベーターに命中しました。
※ギャラハー隊2番手の位置にいたリチャード・H・ベスト大尉率いる5機(空母「赤城」を攻撃した第6爆撃中隊)は、シュムウエイ隊8機の急降下に、互いに交叉する形で加わりました。
⑧シュムウエイ大尉機に続いた12機により、爆弾が飛行甲板中央部に2発・前部に1発命中し、多数の至近弾がありました。

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⑦の、シュムウエイ大尉機の爆弾は、艦橋前の前部エレベーターその物を引きちぎって空中高く放り上げました。
引きちぎられたエレベーターは、そのまま空中を滑走して、艦橋の前面に覆いかぶさるように激突したのです。
(上掲画像で、白線の引かれたエレベーターが、艦橋前に確認できます。)

司令官・山口多聞少将や艦長・加来止男大佐ら首脳部が負傷しましたが、逆にこのエレベーターが防護壁となって、第2弾第3弾第4弾の爆片から首脳陣を守る事になったのは、皮肉です。

司令官・山口多聞少将は、攻撃機の残存数・護衛戦闘機の残存数・搭乗員の疲労度・敵の防御網等を考慮し、低空侵入による薄暮攻撃を企図したので、攻撃を受けた際は、その準備が整いつつある段階でした。格納庫内の爆弾・魚雷・航空機のガソリンが誘爆して、大火災となったのです。レイモンド・A・スプルーアンス少将の、狙い通りになりました。

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【総員退去前、司令官・山口多聞少将の総員に対する訓示】
『二航戦は航空部隊中の最精鋭として、今日まで、あらゆる海戦に参加し偉勲を奏して来た。殊に「飛龍」は、本海戦に於いて味方空母最後の一艦として、真に涙ぐましい死闘を敢行。敵空母二隻を撃沈、敵に甚大なる損害を与え、立派に仇を討ち、真に最精鋭の本領を発揮した。諸子の此の奮闘に対し、司令官は極めて満足に思うと共に、深く感謝する。間もなく諸子と御別れするのであるが、諸子は一層と自愛し、旺盛なりし闘志を、いやが上にも旺盛ならしめ、今回の尊い経験を生かし、大東亜戦争を、きっと勝ち抜いて呉れ。』が要旨とされていますが、語り継がれている間に脚色された口碑と言えそうです。

先に訓示を行った艦長・加来止男大佐の内容と混同している可能性がありますし、「加来艦長が肝要部分を言い尽くしたので、『只今の艦長の訓示に全て尽きると思う。』という切り出しで始まった。」と回想する者もいれば、「温容も口調も普段と変わらず淡々と、そして短い時間で別れの言葉を述べた。」と回想する者もいました。

川口益・飛行長は「『皆のお蔭で他の三空母の分もやった。空母二隻と巡洋艦一隻をやっつけた。どうもありがとう。しかし、「飛龍」は見て分かる通り、内地に帰還するだけの力は既に無い。艦長と自分は残って責任を取る。戦争はこれからだ。皆は生き残って、より強い海軍をつくってもらいたい。』大体このような物だったと記憶している。」と語っています。
語り掛けるような内容の後者の方が、実際の訓示に近かったような気がします。
ちなみに川口益・飛行長は、司令官・山口多聞少将に退艦を直訴した際、『お前達は生き残るんだ。』と脇腹に拳銃を突きつけられたそうです。

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【北蓮蔵画:「ミッドウェー海戦」】
《空母飛龍甲板上で、一斗缶の蓋を杯代わりに、別れの水杯を交わす場面。》
(左より:飛行士・橋本敏男、飛行士・重松康弘、機関参謀・久馬武夫、[水樽を抱える]副長・鹿江隆、砲術長・境辰男、司令官・山口多聞、艦長・加来止男、航空参謀・橋口喬、[少将旗を持つ]先任参謀・伊藤清六)

司令官・山口多聞少将は、幕僚に対する訓示の最期に、『今度の事は、決して敗戦ではない。戦争には、有り勝ちな事である。考え方次第で、禍もまた、幸福となる。』と語り、『好い月だなあ。』と点を仰いだ後、『艦橋で、月でも見ようではないか。』と、加来止男艦長を伴って階段に足をかけた時、主席参謀・伊藤清六中佐が、「何か承っておく事は、ございませんか?」と尋ねると、『別に、ないのう。』と答え、重ねて伊藤清六中佐が、『何か、お別れに頂戴できる物は、有りませんか?』と頼んだところ、退艦者を見送る為に振っていた戦闘帽を渡し、『体が艦より離れると、いかぬ。』と言い、逆に伊藤清六中佐より、手拭いを受け取った由。
正に豪放磊落な司令官・山口多聞少将の、面目躍如たる物があります。

慢心からくる手抜かりの積み重ねが、恐ろしい結果を生むという教訓を胸に刻みつつ、先の大戦で亡くなった方、全ての英霊に合掌します。

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航空母艦「蒼龍」

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日本海軍航空母艦「蒼龍」は、昭和9年度(1934年度)に建造が計画され、1935年(昭和10年)12月23日に呉海軍工廠にて進水した中型航空母艦で、1937年(昭和12年)11月11日の公試では排水量18871トン・機関出力15万2483馬力で34.898ノットを発揮しました。

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排水量:基準15,900t 公試18,500t 満載19,500t 全長227.5m(飛行甲板全長 216.9m)
全幅:21.3m 吃水:7.62m 出力:152,000hp 
最大速力:34.5kt 航続距離:18kt/7,680浬 乗員:1,103名

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1942年6月5日、ミッドウエー海戦に参加して、急降下爆撃機の攻撃を受け、沈没しました。

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空母「ヨークタウン」のマックスウエル・F・レスリー少佐率いる急降下爆撃隊17機は、進撃中に誤ってレスリー少佐含め4機が、誤って爆弾を投下してしまうミスを犯しおり、攻撃能力は13機に減じていました。

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発艦前、全戦闘機隊指揮官のオスカー・ペダーソン少佐は、「日本艦隊がそのまま直進せずに、航空攻撃の間合いを取る為に反転するか、或いは方向転換するか、何れかを採るに違いない。」と主張し、「予定より東側に進路を取り、若し発見出来なければ右に転じ、日本艦隊が進撃してきた逆方向に向けて探索せよ。」指示しました。
「本日、敵出現ノ算ナシ」等と言う文面を、行動予定で打電する日本海軍とは、比べ物にならない程の、必死さ・冷静さが伝わってきます。

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果たして、会敵予想地点から進路を北に転じたレスリー少佐は、高度を6,000mに上げて周囲を索敵した結果、見事、日本艦隊を発見したのでした。
南東方向から接近したレスリー少佐からは、一斉回頭で右端に在った「蒼龍」を「加賀」と誤認しましたが、発艦準備中の攻撃機が甲板上に並んでいるのを確認し、直ちに攻撃に移りました。

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①レスリー少佐は、爆弾を投棄してしまった為、部下の嚮導機として、各小隊を率いて、機銃掃射しながら急降下しました。
②続くホルムバーグ中尉機・シルゲル機・キャンベル機・ハンセン機の、何れかの爆弾は、前部と後部リフトの間に命中しました。
③第2小隊:ボトムリー大尉機(小隊長)・シャーウッド機他の、何れかの爆弾は、前部リフトの前に命中しました。 
④第3小隊:シャムウエイ大尉機(小隊長)・ワイズマン機・メリル機・ベンソン機の、何れかの爆弾は、後部リフト左舷側に爆弾が、甲板上に曳き出され12~13機並んでいた九九式艦上爆撃機の間に命中しました。
⑤バトラー機・エルダー機・クーナー機は、攻撃目標を、付近の戦艦に変更しました。

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②の爆発で、艦長柳本柳作大佐をはじめとする艦橋勤務者の殆どが、爆風による火傷を負いました。

爆風で吹き飛ばされた者の多くは、夏用軽装軍服を着用していた為、飛ばされる最中に手足がちぎれて、肉片となって海中に落下したそうです。

甲板には、12~13機の九九式艦上爆撃機が、250kg爆弾とガソリンを満載して曳き出されており、格納庫には、5~6機の同様の九九式艦上爆撃機と、魚雷を搭載してガソリンを満載した九七式艦上攻撃機18機が準備されていたので、これらが誘爆して大火災となり、被弾後約20分で、艦長は総員退去命令を下しました。

艦長柳本柳作大佐の最期は、『艦橋から小便をして、二度と出てこなかった。』『火焔を背負って凝然とし、軍服が焼けようとも、宛ら不動明王の如く仁王立ちしていた。』『艦橋から語り掛け、海で泳ぐ者と一緒に「君が代」を歌った。』『「第六潜水艇の歌」を歌いながら、「七生報国」と赤い字で染め抜いた鉢巻をして、体を羅針儀に括り付けていた。』などの口碑が残っていますが、今日明らかではありません。

慢心からくる手抜かりの積み重ねが、恐ろしい結果を生むという教訓を胸に刻みつつ、先の大戦で亡くなった方、全ての英霊に合掌します。

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tag : 空母 蒼龍 ミッドウエー海戦

航空母艦「加賀」

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日本海軍航空母艦「加賀」は、当初戦艦「加賀」として1920年7月19日、川崎重工業神戸造船所で起工され、1921年11月17日進水、1923年(大正12年)9月に空母への改装が決定し、1928年3月31日、横須賀海軍工廠で竣工しました。
艦名は、石川県の旧令制国名「加賀国」にちなんで命名されました。

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排水量:26,900t 全長:238.5m 全幅:29.6m 吃水:7.9m 最大速力:27.5ノット
航続距離:8,000カイリ/14ノット 乗員:1,269名
というスペックを持つ空母加賀」ですが、残念ながら1942年6月5日、ミッドウエー海戦に参加して、急降下爆撃機の攻撃を受け、沈没しました。
 
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空母「エンタープライズ」の急降下爆撃隊33機を率いるクラレンス・ウエイド・マックラスキー・Jr少佐(40歳)は、会敵予想地点で日本艦隊を発見できなかった段階で、エンタープライズ艦長曰く「この海戦を通じて最大の重要な決断の一つ」を、します。
即ち、『日本艦隊は恐らく右方向に居るに違いなく、途中で東か西かに進路したのだろう。その場合、機種を逆方向、北西に転じれば、彼らを発見できるはずだ。』と。

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そして見事に日本艦隊を発見(一斉の左回頭により、空母「飛龍」のみ距離が離れ、マックラスキー少佐は、右方向に「赤城」左方向に「加賀」を見ていました。)した彼は、ウイルマー・E・ギャラハー大尉率いる中隊15機と自らの小隊に、左側の空母加賀」を攻撃するよう、リチャード・H・ベスト大尉率いる中隊15機に、右側の空母「赤城」を攻撃するよう命じました。

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ところが無線封鎖を解いていなかったベスト大尉機の通信士は、この指示を聞き逃したため、3隊全てが「加賀」に突入する事態となったのです。
ベスト大尉は、急降下の途中でこの事に気づき、部下4機を率いて右側の空母「赤城」に軌道修正したので、結果的に26機(33機中、2機が故障で引換し、5機が「赤城」攻撃に向かった。)が「加賀」に殺到する事になりました。

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①マックラスキー少佐の爆弾は、艦橋右舷前方の約10m付近で爆発しました。
②マックラスキー隊2番機の爆弾は、左舷側30mの海上で爆発しました。
③マックラスキー隊3番機の爆弾は、舷側への至近弾となりました。
④ギャラハー大尉の爆弾は、右舷側後部リフト付近にあった、九七式艦上攻撃機に命中しました。
⑤ギャラハー隊2番機のストーン大尉の爆弾は、左舷海上で爆発しました。
⑥ギャラハー隊3番機のロバーツ大尉は、対空砲火で撃墜されて左舷海上に墜落しました。
⑦ギャラハー隊4番機のクライス中尉の爆弾は、前部エレベーター横に命中しました。
⑧ギャラハー隊5番機のデクスター少尉の爆弾は、艦橋直前20mの右舷甲板に命中しました。
⑨ギャラハー隊第2小隊長のディキンソン大尉の爆弾は、左舷飛行甲板中央部に命中しました。
⑩直後に艦橋右舷2mに至近弾がありました。

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④ギャラハー大尉の爆弾は、格納庫内の機体・整備員・兵器員と高角砲座・機銃座・砲員・機銃員を一挙に粉砕しました。
その結果、格納庫内で生き残ったのは、九七艦上攻撃機搭乗員の森永隆義氏を含め、わずか3名でした。
この爆弾は、甲板上に居た整備長・山崎中佐の、ほぼ真上から落下したそうです。

⑧ギャラハー隊5番機のデクスター少尉の爆弾は、格納庫内で大爆発すると同時に、艦橋前に曳き出されていた急速補給用の5t燃料車に引火し、これが爆発したのです。
火焔と熱風が艦橋を覆い尽くし、艦長岡田次作大佐以下、副長・航海長・主計長・砲術長等、殆どの主要幹部が戦死しました。

⑩の至近弾は、発電機室・通信室を破壊、艦内が真っ暗になり、消火ポンプが作動しなくなりました。

格納庫内は血の海で、折り重なる死体、立ったまま事切れている兵士、誰彼構わず「一緒に死のう。」と呻いている士官、生きながら火葬に遭ったかの如く転げまわっている兵士、が目撃されています。
海に飛び込んで後、サメの餌食になる兵士もいました。

慢心からくる手抜かりの積み重ねが、恐ろしい結果を生むという教訓を胸に刻みつつ、先の大戦で亡くなった方、全ての英霊に合掌します。

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プロフィール

ecocitro

Author:ecocitro
妻・娘・息子との四人暮らしです。
【シトロエン】
《1975 GS1220 club》
《1973 DS23IE pallas》
1992~2016 24年間所有。
《1972 SM2.7》
5年間所有。
【楽器演奏活動】
《集団演奏》
JAZZ PIANOの集団演奏活動を、目論んでいます。
《鍵盤/打楽器》
幼少時にクラシック・ピアノを習得。
学生時代の4年間は、ジャズ・ドラムの個人レッスンを受講。
社会人になってから、ジャズ・ピアノ教室で、3人の講師に師事。
【作詞/作曲/編曲】
自作曲をCuebaseで完成させる傍ら、それをネットで公開して、評価を仰ぐ事に注力します。
【ミニカー蒐集】
シトロエンGS/AとシトロエンSMモデル以外を、2017年1月に売却。
【運動】
サッカー・水泳・野球等、色々経験した結果、最も肌に合って楽しいスポーツは、バスケットボールでした。
【鉄道趣味】
山陽・阪急・阪神・神戸電鉄・神戸市電・姫路モノレール・地方ローカル鉄道・軽便鉄道が好きです。
【ミリタリー】
戦史・戦記・飛行機・船舶・兵器・空戦・海戦・軍人について、特に造詣を深めています。
【アイドル】
偶然、「初の選抜総選挙1位戴冠」をテレビ視聴していた事から、指原莉乃さんの在宅・ライトファンとなりました。

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